2008年05月29日

両手いっぱいの愛 bQ

エリム子ども会.JPG


今日は、蕨のホームチャペルエリムの子どもお楽しみ会かわいいだった。

雨が降って、5月にしては寒い日だったけど、

子供たちは、次から次へとお部屋に集まってきて
溢れかえる。素晴らしい場所です。
このような時代に、
雨も振っている中、

どんどんと子供たちはやってくるんですね目

うーーん
ここの場所が癒されるし、居心地もいい事もあるし、
bun先生の優しさと、子供たちを見守る愛と祈りですねぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
毎回恵みを受けます晴れ

今日は、おじちゃんが(いつも美味しいお料理と優しい笑顔で迎えてくれるお父様)玄関に、鎮座ましましておられたので、スポーツ靴入れに綺麗に靴がおさまった。

bun先生が神様に何人ですか?
と聞いたら、

「32人」

と示されたそうで、

何とその人数ぴったしに集まりましたね。
中にはお母さんも1人含まれましたが。

だからお菓子ぴったしわーい(嬉しい顔)でした。
ゲームしたり、
片足あげ競争したり足・・・・
私はムキになってやったので、
明日当たりに、筋肉痛がくるかなーーーーーあせあせ(飛び散る汗)

アンパンマンマーチのタンバリンダンスるんるんは楽しいです。
bun先生、紫も参加!!

パワフル!
真ん中 頑張れっ!って声援があったような?!


今日は昨日示された、
「大きな木」の絵本でお話をしながら、

「大きな木」の深い愛と悲しみを少し感じて何だか泣きたくなりました。

大きな木は、大好きな少年の為に

りんごを あげて

枝を あげて

幹も あげて

・・・・

最後は、切り株を腰掛として喜んで差し出しました。

そして木は嬉しかったんですね。

神様も、
私たちの為に喜んですべてを差し出してくださったお方。

ここで
昨日の日記の続きの話をしました。

Iさんの手術は大変に苦しいものだったそうです。
心臓がもしも止まった時のための、
蘇生処置装置を体内の中に植えこむ手術です。

ICDと言うのだそうですが・・・。

手術中に、呼吸を整えなければならないので
全身麻酔ではなく、部分麻酔病院で臨んだそうです。

その痛みは、激しく、想像を絶するものでした・・・・
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ニックネーム ayuri at 23:24| Comment(4) |

2008年05月27日

両手いっぱいの愛 bP

先日、ナリタコミュニティチャーチで、
サーバンツのコンサートるんるんをしました。

Iさんは、同じ東京聖書学院で一緒の時代に学び、
同じ釜の飯・・・(今は炊飯器の御飯exclamation&questionを)食べた仲間です。

彼女が学院時代に作った歌は、
いまや、新聖歌にもなっていたり、
CDCDになったりして多くの人が歌っている。

教会の牧師であり、
妻であり、
二児の母であり
270人の園児がいる幼稚園の園長先生。

と言っても、とても可愛らしいムードので、

「あのお園長先生はどちらに?」

といつも言われてしまいます。

彼女の作る讃美は、初めに聞かせてもらうけど
本当にいつも涙が出る。
何だか心の奥に響いて、感動が来ます。

私は、Iさんの曲を御主人の次あたりに聴かせて頂く恵みに預かるけど
その曲に感動する役割で、
あとは、彼女がピアノを弾き、旋律にきれいなメロディーをかぶせてくれます。
私の歌は下手ですが、歌わせて頂けるのは勿体無いほどの恵みです

二人で歌うようになってもう20年も経つのかと思うと
びっくり。もうそんなに経つんだなー目

この20年の間、考えられないほどの様々な試練があり、
それに家族と共に耐えて、乗り越えてきたIさん。

その度にさらに強く、優しく、大きくなっていったように思う。

しかし、

今年の一月に突然かかってきた電話には腰を抜かした。


「心肺停止で救急車病院で運ばれ、集中治療室にいる」

御主人からの電話電話だった。・・・・・・・・・・・・・・・・続きを読む
ニックネーム ayuri at 12:47| Comment(0) |

2008年05月22日

炎のランナー

エリック・リデル
彼は宣教師の家庭に生まれ、エジンバラ大学ではラグビーの俊足センター、名タックラーとしてならす。

1923年陸上競技の全英代表となり、ラグビーを断念。
短距離走に励む。100m200m

翌年のパリ・オリンピックでは100mが日曜の礼拝に時間と重なる為に出走せず、短距離走でもっとも過酷と呼ばれる400m走に挑戦する。400mも得意であったが誰も彼の金メダルを予想するものはいなかった。

しかしオリンピックに入ると決勝ではなんと47秒6のタイムで金メダリストとなる。そこでのコメント・・・

「はじめの200mは自分の力で走り、残りの200mは神から与えられた力で走りました。」

その後金メダリストの栄光を捨てて、中国への宣教師となり、日中戦争、第二次大戦時も中国に留まる。
その後収容所に捕らえられた彼はそこで子供たちに、聖書を教える。

日本軍の残虐行為を見せ付けられ、憤り「あなたの敵を愛しなさい」
というイエスの言葉なんか信じられないと毒づく捕虜の子供たちに彼はこう言った。

「僕もそう思った事がある。
しかし、 「敵を愛せ」に続くのは「迫害するものの為に祈れ」だ
。イエスは愛せないもののために祈れと言われた。だから君も日本の為に祈れ。祈る時、君は神中心の人間になる。神が愛する存在を憎む事など出来ない。祈りは私たちの姿勢を変える。」

1943年、収容所で病没するが、後年、彼に噛み付いた青年は宣教師となり、日本宣教の為に38年間も労したのである。

目標を目指した人生は美しく、インパクトに富み、そして神にも人にも喜ばれる。困難な終わりを迎えたとしても「一粒の麦」となって素晴らしい人生を歩める。

ゴールに向かう力はあなた方の中から湧き出ます。
主の愛に身をゆだねる事、
それがゴールへの最短距離なのです
。(エリック・リデル)

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私が、今こうして主を讃美する喜びと感謝の中にあるのは、

多くの痛みと苦しみの中で
敵を愛し迫害する者の為に、祈られた、その尊い祈りと献身の故である事を、改めて感謝すると同時に、

私がこれから向かう地にあっても、
主が、御心を行わせてくださるようにと祈ります。
ニックネーム ayuri at 13:33| Comment(4) |